校章
校名
校名

先輩から

S20M 松永大先輩からの投稿です。
第91弾です。なお今後も定期的に投稿を掲載して行きます。どうぞご期待ください。

第91弾「部 活」

松永 巌

写真

 昭和一五年(一九四〇)の戦時中にも部活はあった。私の入学した学校には剣道、柔道、弓道、野球、卓球、庭球(テニス)、籠球(バスケット)、弁論、園芸、吹奏楽(ハモニカ)の一〇部があった。
 私の部活決定に際し、家族会議の様な物があったが私は剣道と決めて居た。肋膜を患った事のある心配性の長兄は剣道は胴を叩かれると肋膜になると反対し、同じ学校の四年歳上の次兄は庭球だったが、同じ部に来るなと嫌った。結局私の言い分を押し切った。
 学校では武道と言う正課があり、剣道か柔道が必須であり、私は当然剣道を選択した。
 防具の面、小手、竹刀は自分持ち、胴は学校備付けの物を使用した。防具を付け、憧れの少年剣士の姿に本当に嬉しかった。
 毎日放課后午後四時から六時迄が練習時間、終って防具を取り、汗を拭き正服に着替へ、駅まで小走りで六時半の汽車に漸く飛び乗る毎日で、家に着くのは八時近かった。乗り遅れると汽車は八時、帰宅は一〇時近く。
 練習は掛り稽古、元立ちとも言う四、五年生有段者に対し何分間か打合いをする。有段者になると面の紐が黒(柔道の黒帯に相当)、一二年相手では赤子の手を捻る様なもの。
 級に白浜広敏君(故人)と言うのが居て、小学校から剣道をやって居て滅法強く、真っ先に初段になった。初段者試験は日本剣道連盟が夏休み等に県下の一校で、志願者のリーグ戦をやり二人連続で勝てば得られる。
 私も三年生になって直ぐこの試験を受け、一発合格!四年生で二段に昇段、学校代表の選手にもなった。校章の金文字の入った黒胴を着け袴を履くと一端の剣士となる。他校との試合の時の選手は先鋒、ニ陣、中堅、副将、大将の五名、私は何時も先鋒、それは「抑え小手」と言う技が得意で、勝つ事が多かったからだったと思う。「抑え小手」は面を打ち込んで来る相手を右に躱し、姿勢を低くして右小手を「ポン」叩く不意打ちの様な物で、相手がこれを知ると仲々難い。
 これ程打ち込んだ剣道も四年生の夏休み前、四年で受験資格の出来た上級学校受験の為急據退部したが、長い生涯の楽しかった想い出である。

2025.12.20