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先輩から

S20M 松永大先輩からの投稿です。
第77弾です。なお今後も定期的に投稿を掲載して行きます。どうぞご期待ください。
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第77弾「葉書の値段」

松永 巌

 最近身辺整理をやりつゝあって、古い書簡を出して見て居たら、一枚の古い葉書が出て来た。私宛の物では無く、私が郷里の従姉に宛てゝ書いたもので、日付印は昭和二三年(一九四八)四月二七日、大学の二年生になって上京直後、愛用の万年筆で書いた物である。一〇年程前新潟県長岡市の彼女を訪ねた時「珍しい物があるよ!」と言って出して呉れた物で、思い出の一端として頂いて来た次第である。
 葉書の内容は兎に角、当時全て物資の不足する中、葉書の質も極めて悪く、藁半紙の様にザラザラで、厚さも半紙の様にペラヘラで、年を経て変色し、荒く扱えば破れそうな状態である。
 切手に当る部分と「郵便はがき」の文字は薄茶色で、絵は日付印がバッチリ押されて居て鮮明では無いが「稲束」の様である。数字が「五〇」と書いてあるが、当時の物価からして五〇円と言う事はあり得ないので五〇銭である。
 昨日郵便局に行ったら葉書大のチラシを呉れた。令和六年一〇月一日より、葉書が八五円、封書が一一〇円に値上げになるとの予告である。
 前述の葉書と一緒に出て来た封書があった。大学から長崎の自宅宛に来た物である。
 封筒の裏に昭和二九年(一九五四)一月二九日と日付のスタンプが押してある。私が長崎に赴任して一年後に大学院の修了証明書が大学から送られて来た物である。封筒の紙は前述の葉書より悪質。切手は葉書に似た薄茶色で絵は観音菩薩の頭部が枠一杯に画かれてある。「日本郵便一〇」の文字があるが、この一〇は一〇円である。この当時の葉書は五円、二三年が五〇銭、二九年が五円と一〇倍になって居るが、終戦直後の物価の上昇は、今より激しく、物凄い勢いで上昇して行った。
 私の最も古い記憶は小学校低学年の頃、葉書は一銭五厘、封筒は三銭であった。雑誌の懸賞など良く出したので憶えて居るが、厘の通貨が無かったので三銭で二枚買って居た。
 葉書には皇居前にあった「楠木正成」の銅像の絵が用いられて居た。
 古い葉書と、一〇月一日からの値上り予告のチラシを見て居ると、値段と言う物は無限に上って行く物かと感慨無量っである。

2024.7.4