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 S40化学卒 脇屋雄介氏(FMながおか社長)の紹介です

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中越地震とFMながおかと脇屋雄介氏
  “命を守る放送” をつくった技術者の物語
2004年10月23日、新潟県中越地方を震源とする中越地震が発生した。最大震度7、死者68名、家屋の倒壊や大規模停電が相次ぎ、長岡市を中心に地域社会は深刻な被害を受けた。
この災害は、単に建物を壊しただけではない。**「情報が届かないことが命に関わる」**という現実を、地域の人々に突きつけた。
その後、この教訓をもとに「地域の命を守る情報インフラ」をつくろうと動いた人物がいる。
それが、FMながおか社長であり、防災機器開発者でもある脇屋雄介氏である。
■ 中越地震が突きつけた“情報の空白”
中越地震では、停電・通信障害・道路寸断が同時に起きた。
テレビは映らず、携帯電話はつながらず、行政の広報車も動けない。
そんな中で、避難所にいた住民が口々に語ったのは、「何が起きているのか分からない」「どこが危険で、どこが安全なのか知りたい」という切実な声だった。
FMながおかは1998年に開局し当時、すでに地域密着のコミュニティFMとして放送を行っていたが、災害時に“確実に情報を届ける仕組み”はまだ十分ではなかった。
この経験が、後の大きな転換点となる。
■ 技術者としての危機感
脇屋雄介氏は、第一級陸上無線技術士など高度な資格を持つ通信技術者であり、地域の放送インフラに深く関わっていた人物だ。
中越地震の混乱を目の当たりにし、彼は強い危機感を抱いた。
「災害時に、住民が確実に情報を受け取れる仕組みが必要だ」
この思いが、後の防災機器開発とFMながおかの防災強化につながっていく。
■ 緊急告知ラジオの開発へ
中越地震後、脇屋は「自動で起動し、確実に情報を届けるラジオ」の必要性を痛感した。
当時、全国的にも緊急告知ラジオは普及しておらず、技術的にも課題が多かった。
脇屋氏は外部企業に製作を依頼したが、誤作動や起動の遅さ(8秒以上)が問題となり、実用に耐えなかった。
そこで彼は決断する。
「自分たちで作るしかない」
こうして2009年、脇屋はワキヤ技研株式会社を設立し、独自の緊急告知ラジオ開発に乗り出した。
■ “0.5秒で起動”という革新
脇屋氏が開発したのは、独自のComfis方式による緊急告知ラジオである。
- 起動時間はわずか0.5秒
- 誤作動を極限まで排除
- J-ALERTや緊急地震速報にも対応
- コミュニティFM局の設備と連動可能
この技術は全国の自治体に採用され、地域防災の重要なインフラとなった。
中越地震の教訓が、技術者の手によって“形”になった瞬間である。
■ FMながおかの防災放送体制の強化
脇屋氏はFMながおかの代表として、放送局の防災機能を大幅に強化した。
● 緊急警報放送システムの導入
2009年、総務省の許可を受け、FMながおかは緊急警報放送システムを導入。
緊急信号を受信すると、住民のラジオが自動的に起動し、災害情報を伝える仕組みが整った。
● 行政との連携強化
長岡市・見附市・小千谷市と連携し、地域の避難情報・気象情報を迅速に放送できる体制を構築。
● “災害に強い放送局”として全国のモデルに
FMながおかの取り組みは全国のコミュニティFM局に広がり、脇屋自身も全国を回って防災放送の普及に尽力した。
■ 中越地震が生んだ“地域防災のモデル”
中越地震は、地域に深い傷を残した一方で、
「情報が命を守る」
という価値観を地域に根付かせた。
脇屋雄介氏はその中心に立ち、
- 技術者として
- 経営者として
- 地域の一員として
災害に強い情報インフラをつくり上げた。
FMながおかの防災放送、ワキヤ技研の緊急告知ラジオは、いずれも中越地震の教訓から生まれた“地域防災の結晶”である。